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御礼 龍谷大学付属平安中学校・高等学校オープンキャンパス

平成29年9月18日(祝)オープンキャンパスを開催いたしましたところ、午前9時半からの中学全体説明会に約200組、午後1時半からの高校全体説明会に約1000組、総勢2500名近くの生徒・保護者のみなさまにご来校いただきまして誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。

学校長挨拶

 みなさん、ようこそ龍谷大平安のオープンキャンパスにお越しいただきました。
 さて、1876年(明治9)年に創立されました本校も、お陰さまをもちまして、昨年、創立140周年を迎えさせていただきました。創立以来、親鸞聖人のみ教えに基づく宗教的情操教育を理想としてきました。
 それでは龍谷大平安で学ぶ心の教育について、少しだけお話しさせていただきます。
 今年の6月19日、春の人権学習で、北海道の僧侶たちで結成されたグループ、「チームいちばん星」をお招きし朗読劇を鑑賞いたしました。朗読に、照明と映像と歌を織り交ぜて、「いのち」をテーマにした作品を作り続けておられます。
 その朗読劇の中で、小学校の音楽教師をされていた中山真理という先生が作詞作曲された歌が歌唱されました。タイトルは「おそすぎないうちに」という歌です。
 本校も140年の歴史の中で巣立っていった子どもたちが、それぞれの時代を、どう過ごしていたのかと思いをはせた時、色々あるかも知れませんが、今の時代のありがたさをあらめて思わずにはいられません。「せっかく生まれてこられた」のだから、かけがえのないものに、何かの形でお礼がしたい、という思いでこの曲は生まれたそうです。
 その歌詞には、「なくしてしまってから、その大切さやその温かさに気づいて、悔やんだり悲しんだりしても遅すぎるよ。もしかしたら、一番この世で大切なものは、普段あまりに身近すぎて気にもとめていないかも」また、「大切な人は当たり前と決めつけてて/いると疑わないかも」とあります。
 私たちは大切なものや人の存在を当たり前に思っていますが、実は、決して、当たり前や何となくなんかじゃないのです。「遅すぎないうちに、間に合う今のうちに、出来る限りのことをしよう。生まれてこられた お礼に」と結ばれます。
 こうした本校で行うすべての行事が、正に心の教育であります。家族や仲間やすべてのものに支えられ、生かされていると感じられる、「いのちの大切さ」に気づくことができるのです。
 龍谷大平安で学ぶのは、知識・教養・学問の世界だけではありません。他人に対する思いやりの心を磨くことにあります。今日は限られた時間ではありますが、龍谷大平安をしっかりと見て存分に楽しんでください。
 本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。


『おそすぎないうちに』作詞・作曲 中山真理

【1】なくしてしまってから その大切さに気づいて
   くやんだり悲しんだりしても おそすぎるよ
   もしかしたら一番 この世で大切なものは
   ふだんあまりに身近すぎて 気にもとめていないかも
   今あるすべてのものは 当たり前なんかじゃなく
   今あるすべてのものが 奇跡的にあるとしたら
   君はどうやって それを 守るだろう
   おそすぎないうちに まにあう今のうちに
   できるかぎりのことをしよう
   生まれてこられた お礼に

【2】なくしてしまってから そのあたたかさに気づいて
   くやんだり悲しんだりしても おそすぎるよ
   もしかしたら一番 この世で大切な人は
   当たり前と決めつけてて いるとうたがわないかも
   生きてるすべての人は なんとなくなんかじゃなく
   生きてるすべての人が ぎりぎり生きてるとしたら
   君はどうやって それを 愛すだろう
   おそすぎないうちに まにあう今のうちに
   できるかぎりのことをしよう
   生まれてこられた お礼に

平成29(2017)年度 御命日法要【9月】

【ご案内】

 夏休みが約40日あった昔にくらべると、ずいぶん短くなった夏休み(約20日)が終わり、慌ただしく学園祭が開催され、まもなく前期を終えようとしています。
お盆には故郷に帰り、家族と過ごす時間は格別のもので、家族そろってお墓にお参りし、亡き人を偲び「ありがとうございました」と手を合わせると、心安らぐ思いがします。
「浄土真宗のお盆」の過ごし方は「お念仏」を通して、私自身の「いのちの依りどころ」をあきらかにしていくことであったのです。お盆の前にお示しすべきでしたが、あらためて、「浄土真宗のお盆」について学んでおきましょう。

お盆迎える心持ち
「お盆には、特別な準備が必要なのでは…」
大切な方を亡くして初めて迎えるお盆。どう迎えていいのだろうかとインターネットで検索したり、本を探す人も多いのではないでしょうか。ネットには「お盆のお供え物のしきたり」「お盆の供養の仕方」…など、いろんな宗旨、はたまた会社などの情報があふれています。
でも、ご安心ください。
浄土真宗にご縁のある方々は、お盆を迎えるための〝特別な準備〟は必要ありません。 お念仏のみ教えをいただき、仏さまの国(浄土)に生まれた亡き方々は、阿弥陀仏とともに、大いなる慈悲の心で、迷いの中で苦しむ私たちを、いつも見守っていてくださっているのです。そして、さまざまなご縁を通して私たちを仏前に誘ってくださっています。ですから、亡くなった方々の罪障を除き、冥福を祈るために行う「追善供養」は必要ありませんし、精霊棚、施餓鬼棚もいりません。
亡き方の恩に感謝し、仏さまの救いにあい、お浄土に先にいかれた方々と、やがてはお浄土であえるというみ教えを聞いていくのが浄土真宗です。その仏さまを「南無阿弥陀仏」といいます。
お念仏をとなえ、み教えを喜ぶ身になってほしいという、亡き方たちの願いを聞いていっていただきたいのです。ぜひとも、お寺で行われる法要、家庭でのお盆参りで法話を聞いてください。そして、仏さまのお話を通して、わが身を振り返る大切な機会にしていきましょう。       「2017(平成29)年8月1日 本願寺新報 浄土真宗のお盆 より」

2017(平成29)年 “建学の精神”の伝播と醸成

9月 御命日法要 
○ 日時 9月15日(金)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 西村了慶 先生
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。

【御礼】2017 龍谷大学付属平安中学校・高等学校 学園祭

天候の関係で1日順延で開催(9月8日~11日)いたしました今年度の学園祭(体育祭・文化祭)には、たいへんお忙しいところ多数の保護者や同窓のみなさまにご来校いただきまして心より御礼申し上げます。今後とも何卒宜しくお願い申し上げ御礼の言葉とさせていただきます。ありがとうございました。

学校長挨拶(閉会式)

 みなさん、お疲れ様でした。天候の関係で1日順延としました今年度の学園祭のすべての日程が無事に終了いたしました。お陰さまでこの4日間は天候にも恵まれ大きな事故もなく終えることができましたこと、みなさんのご協力の賜物とまずもってお礼を申し上げます。
 さて、学校とは何を学ぶところですか?というと、学業はもちろんのことですが、それ以上に大切なものがあります。それは、「集団の中の個のあり方」を学ぶのです。つまり、集団生活を通して自分を磨く場所が学校です。その最たるものが、文化祭・体育祭などの学校行事なのです。
 クラスの絆を確かめ合ったり、学年の垣根を越えて、仲間が協力し合ったり、そんな中で、自分一人では何もできない私たちですが、みんなに支えられて、生かされている自分というものに気づくことができるのです。そういう学園祭であったなら、誠に意義深いものであると思います。
 ながい学園祭の準備、そして、本番を終えて、13日からはすべてが平常に戻ります。明日の代休、1日ゆっくりして明後日に備えてください。
 最後になりましたが、この間、中心になって頑張ってくれた生徒会のみなさん、その他、お世話になったすべてのみなさんに感謝申し上げ挨拶といたします。

2017 龍谷大学付属平安中学校・高等学校 学園祭

校長挨拶

 暦の上では二十四節気の一つ、草の葉に白い露が結ぶという意味の白露を迎えました。まだまだ残暑の厳しい日が続いています。いよいよ秋の風物詩であります「学園祭」がやってきました。
 9月7日・8日に高校体育祭と10日・11日には中学・高校合同の文化祭が開催されます。中学は「中3研修旅行」「中2・1夏季勉強合宿」で体験したこと、学んだ内容を展示発表してくれます。高校は、体育祭では高3が「演舞」を披露してくれ、文化祭では「模擬店」を出店し、「高2演劇コンクール」「高1合唱コンクール」が実施されます。
 本校は昨年創立140周年を迎え、その140年の歴史と伝統を心のよりどころとして、これまで以上に「建学の精神」である「浄土真宗の精神」を、広く深く伝え、無理やり押しつけるのではなく、水が自然に染みこむようにゆっくり養い育てたいとの思いで『建学の精神の伝播(でんぱ)と醸成(じょうせい)』をスローガンに新たな歩みを始めました。
 今年の学園祭のテーマは「ええやん、平安~Spread Our ええとこ~」であります。spreadは「開く、広げる、伸ばす」ですから、まさに、広々とした学舎(まなびや)でゆったりと手足を伸ばして、クラスや仲間で協力することを忘れず、心地よい開放感の中で達成感の感じられる体育祭・文化祭になることを心より願っております。

今月の言葉《宗教教育係》

ファイル 266-1.pdf

九月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

今月の言葉《宗教教育係》

ファイル 263-1.pdf

八月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板 

平成29(2017)年度 御命日法要【7月】

【ご案内】
    
 7月1日。今年も折り返した。この機会に、それぞれの前半を振り返ってみるのもよい。「よかった」と思う人、「ああしておけばよかった」と反省する人、いろいろと分かれるだろうが、心機一転、真新しい気持ちで後半に臨みたい。
 この気持ち、何も1年だけのことではない。人生もそうである。どこかで区切りをつけて、今日までの人生を振り返り、今日という真新しい1日を、真新しい気持ちで臨みたい。かく言う私は、いつ人生を折り返したのかを意識もしていなかった。いつまでも走り続けたい気持ちはあるが、とっくに折り返しを過ぎたのは間違いない。しかも、ゴールまで残りがどれだけあるのか…。
 もう40数年前にもなるが、本願寺でお話しされた故・利井興弘さんの言葉を思い出す。「親鸞聖人のご生涯は、慚愧(ざんき)、歓喜(かんぎ)、報恩の連続だったのでは…」と語られ、その3つを味わわれて「お恥ずかしいからありがたい。ありがたいからもったいない。もったいないからありがたい。ありがたいから恥ずかしい」と。今になってしみじみと響く。
 人生の晩年にさしかかっても、自分で都合のよいように思案し、いろいろな出会いに対して善し悪しをつけている。よいこと、悪いことであろうと、すべてはわが人生の大切な出会い。一つ一つの出会いを通して、「お恥ずかしい」「ありがたい」「もったいない」と味わうところに、今日1日を真新しく、大事に生きることができるのではないだろうか。(F)
(2017(平成29)年7月1日 本願寺新報 コラム「赤光白光」より)

2017(平成29)年 “建学の精神”の伝播と醸成

7月 御命日法要 
○ 日時 7月14日(金)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 寺村 篤 先生
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。

御礼 龍谷大学付属平安中学校オープンキャンパス

平成29年7月2日(日)中学校のオープンキャンパスを開催いたしましたところ、午後1時半からの全体説明会に約230組総勢約700名のみなさまにご来校いただきまして誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。

学校長挨拶
 みなさん、ようこそ龍谷大平安のオープンキャンパスにお越しいただきました。
 さて、1876年(明治9)年に創立されました本校も、お陰さまをもちまして昨年、創立140周年を迎えさせていただきました。創立以来「親鸞聖人のみ教え」に基づく心の教育を謳ってまいりました。
 それでは、龍谷大平安がどのような生徒を育てたいのかということを少しだけお話しさせていただきます。
 いよいよ今度の土曜日から野球の大会が始まります。その野球のホームベースを逆さまにすると家の形になりますね。実はサッカーやバスケットなど数ある球技の中で、ボールではなく「人」がゴールして得点するのは野球だけです。
 まず、バッターが一塁に出ます。次に自分の力で盗塁するかもしれませんが、監督のサインを受け次のバッターが、一塁にいるランナーを二塁・三塁に進めます。こうして野球はバッター・ランナー・ランナーコーチなどみんなの力で塁上にいる「人」をホームに迎え入れて、一点ずつ加点していく競技です。
 こうして考えると何か、家庭であるホームで、家族が協力して、喜びを分かち合える理想の家族を象徴しているようです。学校のホームルームも一緒ですね。文化祭・体育祭・音楽祭、そして球技大会など、クラスがまとまって活動するものすべてが、この「人」をホームに迎え入れて一点ずつ加点していく野球に象徴されているように思います。
 それぞれ一人一人がみんなのためにという思いを持ち支え合うところに、家族の絆、クラスの絆、仲間との絆が生まれるのです。 このように、学校という集団生活の中で学ぶべきことは、本当にたくさんあります。
 そこに、家族やクラスの仲間や社会の姿があり、そういったすべてのものに、支えられ生かされていると感じられた時、いのちの大切さに気づくことができるのです。こうした気づきこそが、龍谷大平安が育てたい生徒の姿であります。
 龍谷大平安で学ぶのは、知識・教養・学問の世界だけではありません。他人に対する思いやりの心を磨くことにあります。今日は限られた時間ではありますが、龍谷大平安をしっかりと見て存分に楽しんでください。
 本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。

今月の言葉《宗教教育係》

ファイル 261-1.pdf

七月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板 

御礼 第1回 学校説明会(高校受験生対象)

2017年6月25日(日)午後1時から本校講堂におきまして『第1回高校受験対象学校説明会』を開催いたしましたところお足もとの悪い中、約250組の生徒・保護者のみなさまにご来校いただき心より御礼申し上げます。

学校長 御礼のご挨拶

 本日は、たいへんお忙しい中、本校の「2018年度入試の説明会」にお越しいただきまして誠にありがとうございました。只今は、本校で生徒たちがどんな学校生活を送っているのか、また、どのような教育活動を実践しているのか、ほんの一部をご紹介し、次年度入試の要項をご説明申し上げました。
 明治9(1876)年、滋賀県彦根の地に「金亀(こんき)教校」として創立されました本校も、お陰さまをもちまして、昨年、創立140周年を迎えさせていただきました。創立以来、親鸞聖人のみ教えに基づく心の教育を謳い、宗教的情操の涵養(かんよう)を理想としてきているところであります。
 本年、創立141年目を迎えるにあたり、この140年の歴史と伝統を心のよりどころとして、「建学の精神」、つまり、「浄土真宗の精神」を広く深く伝えたいという願いのもとに「『建学の精神』の伝播と醸成」を教育の根幹に据えました。
 昨年11月12日の創立140周年記念式典で、ご門主さまが人工知能について言及されました。

 人間とロボットの違いは何であるのか。その違いは、私たち人間には心がある、だからこそ、宗教を持つということでしょう。人工知能の全自動の車が動き始めた時、私たち人間は、究極の選択を迫られることになります。
 それは、全自動で走っている車の前に突然、人が飛び出してきた時、その車は、飛び出してきた人を守るように行動するのか、あるいは、乗っている人を守るように行動するのか、ということを、私たち人間が、決めなければいけないということです。すべての人を守ることが出来ない状況を、どのようにロボットに行動させるのかということを、私たちが決めなければいけません。
 こうした科学技術の発達した現代であるからこそ、私たち人間の生き方が問われることになります。そして、それは、日々の生活の中で、私たちがどのように自分の命の問題を考え、周りの家族の方、友達のことなどを考え生活していくかということにつながります。その背景には、必ず宗教が必要になります。
というお言葉でありました。
 今年度の生徒手帳には、「求道(ぐどう)」と記させていただきました。
 「『阿弥陀仏の本願』を『鏡』として、自己を深く見つめ、真摯に生きることのできる人間に成ることをめざす」と意義づけました。「真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする」ことのできる人間を育てたい。生徒たちには、そんな人間に育ってほしいと心から願っていることであります。
 こうした「心の教育」を理念に据えて、進学校化への改革も、着実に進めてまいりました。宗教的情操の涵養はもちろんのこと、いよいよ現高校3年生が、その進化を見せてくれるものと大いに期待しているところであります。今後も今までにもまして、しっかりと充実させていきたいと思っております。
 是非とも学校選びの一番に本校をあげていただきますよう切にお願い申し上げまして、私の御礼の言葉とさせていただきます。
 本日は、お忙しい中、お越しくださいまして誠にありがとうございました。

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