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平成29(2017)年度 龍谷大学付属平安高等学校 卒業証書授与式 2018年03月01日(木)17時13分

学校長式辞

 一雨ごとに少しずつ気温が上がり、日差しも徐々に暖かくなってまいりました。校庭には、二本の紅梅がありますが、そのうちの一本が今日の佳き日に合わせたかのように少しほころびを見せ、春の訪れを感じる季節となりました。
 本日ここに龍谷大学付属平安高等学校の第70回卒業証書授与式を挙行するにあたり、浄土真宗本願寺派社会部賛事 藤澤りえ 様、龍谷大学学長 入澤 崇 様、法人理事・評議員の先生方をはじめ、平安同窓会、親和会・保護者会の役員のみなさま、多数のご来賓のご臨席を賜り、衷心より御礼を申し上げます。
 保護者のみなさまには、ご子女の晴の卒業式典にご列席賜りましたことに、祝意ならびに謝意を表します。誠におめでとうございます。卒業生476名のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
 本校もお陰さまで、一昨年創立140周年を迎えさせていただきました。ちょうどみなさんは、創立から数えますと140期生という記念すべき卒業生ということになります。そして、後期終業式でも申しましたが、本日476名が巣立たれますので、この間の卒業生は 43,000名 を超えることとなります。
 さて、みなさんが、本日、同窓会からの記念品として受け取られます『仏教聖典』に「ほとけの『おしえ』」について、記されている一節があります。
「第1章 第二節 不思議なつながり」と題された節に次のように記されています。

一、人びとの苦しみには原因があり、人びとのさとりには道があるように、すべてのものは、みな縁(条件)によって生まれ、縁によって滅びる。
 雨の降るのも、風の吹くのも、花の咲くのも、葉の散るのも、すべて縁によって生じ、縁によって滅びるのである。
 この身は父母を縁として生まれ、食物によって維持され、また、この心も 経験と知識とによって育ったものである。
 だから、この身も、この心も、縁によって成り立ち、縁によって変わるといわなければならない。
 網の目が、互いにつながりあって網を作っているように、すべてのものは、つながりあってできている。
 一つの網の目が、それだけで網の目であると考えるならば、大きな誤りである。
 網の目は、ほかの網の目とかかわりあって、一つの網の目といわれる。 網の目は、それぞれ、ほかの網が成り立つために、役立っている。

二、花は 咲く縁が集まって咲き、葉は 散る縁が集まって散る。ひとり咲き、ひとり散るのではない。
 縁によって咲き、縁によって散るのであるから、どんなものも、みなうつり変わる。ひとりで存在するものも、常にとどまるものもない。
 すべてのものが、縁によって生じ、縁によって滅びるのは永遠不変の道理である。だから、うつり変わり、常にとどまらないということは、天地の間に動くことのない、まことの道理であり、これだけは永久に変わらない。 と、このように教えてくださっています。

 龍谷大平安の3年間・6年間は、こうした宗教教育を育んでまいりました。その宗教的情操教育が少なからず、みなさんの心に培われたことが、先月2月20日の本願寺新報『宗門校に学んで』に掲載された記事からうかがえます。
 それは、本校3年生の「世は無常 怠りなく努力」と題した文章で、次のように記してくれています。

 3年間を通してよく耳にしたのは、「世は無常である。怠りなく努力せよ」という釈尊のお言葉。仏教の根本的な「無常観」を表している言葉です。
 平安高校では仏参や宗教行事、教室に掲示された言葉などさまざまな場面で「無常」を意識することができました。そのおかげで自分の行動に意味や目的を持つようになり、本当に充実した日々を送ることができました。また、悩みを抱えている時や少し浮かれている時には、「永遠に続かない」と自分に言い聞かせ、前向きに進むことができたように思います。
 これから大学生、社会人と自由に時間の使い方を選ぶことができるようになる前に、このような貴重な経験ができたことに感謝しています。卒業後も変わらず、充実した時間を自分で生み出すことができるよう、「無常」という考え方を念頭に置きつつ、怠りなく努力をしていきたいです。と、このように綴ってくれています。
 実に龍谷大平安でみなさんが学んだ意義がここにあるのです。そして、少しでも、みなさんの心に薫習できたことを、心から嬉しく思いました。
 最後に、みなさんが今日、受け取られます卒業アルバムに、平安の三つの大切「ことばを大切に・じかんを大切に・いのちを大切に」という言葉に添えて『煩悩障眼雖不見(ぼんのうしようげんすいふけん) 大悲無倦常照我(だいひむけんじようしようが)』という言葉をしたためさせてもらいました。
 これは、私たちが、日々お勤めする『正信念仏偈』の中の一節であります。
 ―悲しいかな、煩悩のためにわが眼はおおわれてしまって真実の有様を見ることができないですが、よろこばしいかな、如来はお慈悲の心をもって、倦(う)みつかれることなく、常にわが身を照らし続けてくださっているのですよ―ということです。
 自己中心的なものの見方や考え方しかできない私たちでありますから、その中で、本当の姿、真実の姿をついつい見失ってしまい、物事をありのままに受け容れることができなくなります。
 だから、色々なことで悩み苦しみます。それでも、阿弥陀如来は常に私たちを照らしてくださっています。阿弥陀さまははたらき続けていてくださいます。
 安心して、私たちは心の持ち方、感情を落ち着け、情緒を常に安定させることを心がけましょう。すると、素直な心と謙虚な心が根づくのです。そんな心のありようを意識して、日々の生活を送りましょう。
 次の日本を、そして世界を背負って立つみなさんに、こうして涵養した「宗教的情操」こそが、これからの人生の基盤に据えられることを願っております。どうぞ、龍谷大平安で青春を過ごし、卒業生になることに誇りをもってください。それこそが、伝統につながっていくということを知っておいてください。そして、その伝統だけが重要なのではなく、みなさん一人ひとりが、その伝統の最前列にいることを意識することが大切なのだということをしっかりと自覚し、自らのいのちを磨き続ける人生を送られますことを心より念じまして、私の式辞といたします。