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12月4日 仏参 2020年12月07日(月)10時17分

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「大変な時は人間として向上をしている」

 今日は学年部長の森本先生のお話を聞いた。

 私と矢ノ根先生は同い年ですが、平安に奉職したのは矢ノ根先生が先です。そのため私が40年の奉職表彰を受けることはありません。平安には40年を超え勤務している先生方が多々おられ、本当にすごいことだと思います。

 今日は「なぜすぐに仕事に就けなかったのか」をお話したいと思います。

 私の家は困窮をしていました。そのためとても苦労をしました。私は公立高校を受験しましたが失敗し、私立高校へ進学しました。併願の私立を合格したからでしょう。安心しきって、受験勉強をいい加減に取り組んだのだと思います。高校の入学金などは、親が工面してくれたのですが、授業料や定期代などは私が働きお金を工面しました。放課後アルバイト先に行き、そして週末はずっと働きっぱなしでした。精神的にも肉体的にもクタクタになり生活をしていましたから、「早く終わって欲しい」という3年でした。思う存分クラブをしているみなさん。どうか保護者への感謝の気持ちを忘れないでください。
 勉強は隙間時間で何とかしました。家に帰っても疲れて勉強が出来ませんでしたから、宿題は学校でやりきりました。大学への進学を考えていたので、登下校中、片道2時間のバス、電車の中や誰もいない教室で勉強をしました。「どうしても大学へ進学をしたい」と思っていたので、学費の安い大学を一生懸命探しました。学費を抑えるためには国公立大学でないといけません。何より働かないと駄目ですから「夜間大学」を目指し進学をしました。そして合格を果たしました。
 大学進学後、日中はフルタイムで働き、18時からの授業に出ました。帰宅は深夜という生活が続きます。国公立大学ですからレベルが高くついていけないこともありました。生活することで精一杯になり、大学から足が遠のいたことがありました。大学の事務室へ「退学したいのですが…」と申し出たのです。事務員さんが「せっかく入学をしたのだから『休学』にしたら?」と言ってくれました。そこで休学をしました。その言葉がなければ「退学」していたのだと思います。
 休学後バイト漬けの生活にかわり、将来の見通しがつかなくなってきました。しかし「このままでは終わりたくない」と思い、勉強をしたい思いに駆られました。そして復学。教員免許を取り卒業をしました。在学期間は休学を含め6年でした。その後も大変なことがあり、日本から離れ海外で生活をしたこともあります。奉職するまで波瀾万丈の人生でした。 

 先日の人権学習で、講師の林家染太さんの話が「人生、しんどいときが上り坂。楽なときが下り坂」と話されました。ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller)も同じことを言っています。シラーは「上り坂を上ることは、急な斜面のためしんどい。また上るのにも時間がかかる。うっかりすると転げ落ちるかもしれない。しかしきちんと上に上がっているのである。つまりきちんと向上や成長をしているのだ」と。
 つまり「大変なこと」は「人間的に向上をしているという意味」で「良いこと」なのです。一方注意したいのは「楽なとき」です。つるつる下り坂を下っているのだから、「楽」に感じているのです。元のところへ逆戻りしている可能性があるのではないでしょうか。
 自分の人生を振り返ってください。試合の練習といい、受験勉強といい大変と感じているときの方が向上しているでしょう。だから「大変なとき」は上り坂だと思って頑張っていきましょう。

 ベートーベンの交響曲第九番「合唱」の「歓喜(An die Freude)」はこのシラーの詩である。「苦しみの向こうに喜びは待っている」という、フランス革命に至るまでの民衆の苦しみに対して、シラーが詩にしたものなのである。

 勉強やスポーツだけではない。友だち関係や恋愛も同じではないだろうか。辛いところから目を背けたくなるだろう。でもそうなった原因を客観的に理解し、自分のものにしていくことこそが大切なのである。
 今日のお話を「根性論」として片付けることは容易いだろう。しかし「大変」は「大きく変わる」と書く。森本先生のお話をじっくりと味わって欲しい。