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仏参 と 涅槃会(ねはんえ) 2016年02月09日(火)12時50分

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今日の仏参は
楠先生のお話でした。

今日は4時間目に涅槃会(ねはんえ)があります。
80歳でこの世を去られた釈尊(お釈迦さま)を偲(しの)び、
また、説かれた教えに耳を傾ける行事です。

「世は無常であり、会う者は必ず分かれねばならぬのがこの世の定めである。
怠(おこた)ることなく精進せよ。」
というお言葉を残されています。
このことにちなんで、『時間の大切さ』についてお話しようと思います。

明日は高校入試で、皆さんも2年前に受験しました。
時間というのはあっという間に過ぎてしまいます。
とあるブログにこんな詩がありました。

1年の大切さを知るには、
落第した学生に聞くとよいでしょう。

1ヶ月の大切さを知るには、
未熟児を生んだ母親に聞くとよいでしょう。

1時間の大切さを知るには、
待ち合わせをしている恋人に聞くとよいでしょう。

1分の大切さを知るには、
電車に乗り遅れた人に聞くとよいでしょう。

1秒の大切さを知るには、たった今、
事故を避けることが出来た人に聞くとよいでしょう。

10分の1秒の大切さを知るには、
オリンピックで銀メダルに終わった人に聞くとよいでしょう。

だから、あなたの一瞬一瞬を大切にしましょう。
そして、あなたはその時を大切な誰かと過ごしているのなら、
十分に大事にしましょう。

先日、小学校の友人と久しぶりに会う機会があり、
懐かしい当時の話などをしているうちに、阪神淡路大震災の話になりました。

震災発生の早朝には、
隕石が落ちてきたかのような大きな音で目覚めました。
家では家具が倒れてぐちゃぐちゃになっていましたが、
家族の命は無事でした。
お寺の家でしたので、父がお寺を見に行くと、
屋根が抜けて廃墟のようになっていました。
近くのコンビニに水を買いにいくと周りの家が崩れていて、
コンビニもぐちゃぐちゃな状態でした。
ですが、店員がしっかりいて水を売ってくれました。

一瞬のことですがすべてが変わってしまいました。
中学生になって、仮設住宅で過ごす友人もいました。
小学生の頃は学校から帰宅するのが早く、
お寺で家族一緒にお勤めをしていました。
もし震災が時計1周分(12時間)ずれていたら、
お寺の屋根が崩れるのに巻き込まれて、
私の家族は亡くなっていたのかも知れません。

時間はあっという間で、
だらだらしているともっとあっという間に過ぎていきます。

一瞬の時間、今の時間を大切に。
怠(おこた)ることなく努力するように。

2年生もあと少し、3年生もあと少し、
それぞれの目標に向かって精進、努力をしていきましょう。

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4時間目に涅槃会(涅槃会)がありました。
80歳でこの世を去られた釈尊(お釈迦さま)を偲(しの)び、
また、説かれた教えに耳を傾ける行事です

講師として浄土真宗本願寺布教使の藤本さんにお話頂きました。

涅槃(ねはん)とは、簡単に言えばお亡くなりになるということです。
今から2400年前の2月15日、
お釈迦さまが入滅された日と言われております。
亡くなられる直前に弟子達に、
「自らを灯火(ともしび)とし自らをよりどころとせよ」
という言葉を残されています。
お釈迦さまの御教えを聞き、
この私達が自分自身に責任をもって生きていかなければなりません。

テレビ等で清原選手が覚せい剤で逮捕されるというニュースがありました。
当時甲子園を沸かせた大スターですが、とても残念です。
桑田選手とKKコンビとして世間を沸かせていました。
その桑田選手のコメントが印象に残っています。
「前々から色々言葉をかけていた、細かいことまで。
3年前から俺に構わないでくれと言われ、連絡を取っていなかった。
誰よりも彼の気持ちは分かっている。
野球ではリリーフや代打は送れるが、人生には送れない。
人生でも逆転満塁ホームランを打ってほしい。」

都合の悪いことは誰にも代わってもらえない。
自分で責任を持たなければならない。
お父さんお母さん親戚や近所の人や学校の先生、
色々言われることをどこまで聞いているのでしょうか。
人は耳障りのいいことは聞きやすく耳障りの悪いことを聞くのは難しい。
しかしそんな存在がありがたいのです。

SMAPの解散騒動があり、テレビで会見がありました。
その中のコメントで、
「今回の騒動の中でたくさんのファンに支えられていることに気づいた」
というのがありました。
自分1人では自らを背負えないのです。
人は家族、友人、先生達の願いの中に支えられているのです。
それがお釈迦さまの御教えなのです。
縁起の中にすべてが成り立っている。
あらゆる支えの中に自分が成り立っている。
自分1人が歩む道だけれど、社会にも目を向けなければなりませんが、
自分を支えている社会や人が見えづらくなっている。

通学途中に電車やバスで椅子に座ればスマホ(携帯電話)を操作するでしょう。
スマホ1つで何でも出来るのでとりあえずスマホを触ってしまいます。
スマホに熱中して座ったときは空いていた車内が、
ふと目を上げれば満員になっていた、なんてことがありました。
そして目の前には杖をついた方が立っていらっしゃいました。
この人はいつから立っていらっしゃったのでしょうか。
本来はすぐにでも席を譲っているはずが、
スマホに熱中している余り気づくことが出来なかった。
他者が見えにくくなっている環境、現状があります。
自分は背後から支えられている、というのを感じづらくなっている。
それが非常に怖いのです。
音楽をイヤホンで聴きながら歩いていて車にひかれそうになったことがあります。
自分の状況、環境が変わっても気づけない。

太平洋戦争が終わって70年経ちました。
去年の漢字は「安」でした。
これは安心の安ではなく、不安の安、安保の安です。
世の中はがらっと変わってきています。

お釈迦さまの教えを日本に伝えた1人、
親鸞聖人の言葉にこんな言葉があります。
「さるべき業縁の催せば、如何なる振舞もすべし」
例え自分自身に問題はなかったとしても
周りの状況よってどう転んでいくかは分からないという意味です。
なりたくてなったわけではないのです。
自分自身の命がそうだと言っているのです。

直木賞作家で野坂昭如さんが去年お亡くなりになりました。
『火垂るの墓』の原作者としても有名な方です。
昭和20年を舞台にした悲しい映画です。
神戸大空襲により三ノ宮の焼け野原に放り出された兄妹。
父は兵隊で帰ってこない、母は焼夷弾で亡くなってしまう。
清太(兄14才)と節子(妹4才)は親戚を頼っていく。
時に清太は盗みを犯してまで、
栄養失調の節子を助けようとしていましたが亡くなり自らも亡くなってしまう。
原作者の体験を元にした映画ですが、実際は1才半の妹を連れていました。
時には妹が泣き続けるのを止めるため、殴ったこともあるそうです。
妹に硬いものを食べさせるとき、自分が噛んで柔らかくして妹にあげようとするが、
空腹に耐え切れず自分がそのまま食べてしまうことがあった。
妹をなくした後ろめたさ、憤(いきどお)り、願いを込めて、
『火垂るの墓』を書いたのです。
自らをよりどころとするのはこういう姿ではないのかと思います。

状況や環境によってどう変わるかは分からない、危ないものです。
自分を取り巻く環境をしっかり見つめながら、願いに気づきながら、
しっかりと生きていかなければなりません。
自分以外の他を見つめ、他の願いと共に自己を確立する。
小さなことからできること、好きなことだけに目を向けず、
ふと目を上げてみましょう。
互いに支えあい、気遣い、時には小言を言いながら他を見つめ共に生きて、
お釈迦さま、親鸞聖人の御教えを聞かせて頂き、学んでいきましょう。

インフルエンザとの闘いから学んで・・・ 2016年02月09日(火)09時49分

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インフルエンザの嵐です。世間的にも広がりを
見せているまさにこの時期(1月末から2月上旬
に,かけて)2年生においても,インフルエンザ
が大流行しました。クラスで平均7~8人は休ん
でいることになります。選抜特進クラスでは1月
31日にマーク模試を外部会場に受けに行ったこと
もあり,疲れがたまっただけではなく,インフルエ
ンザウイルスをもらってきた可能性もあります。
昨日まで元気にしていた可愛い生徒達が,ばたばた
と休んでいくと,胸が締め付けられる思いです。
 来年は受験だと思うと,もっと過酷な状況とも
考えられます。今年インフルエンザにかかってしま
った人は,どういう状況でかかってしまったのか
体験を通して学習してくれたと思います。そうで
ない人も想像力を働かせて,予想以上のインフル
エンザの猛威を感じておいて欲しいと思います。
どうしようもない状況もありますが,「毎時間の
手洗いうがいと,睡眠」でかなり防げるように
思います。11月頃には予防接種もしておかなけれ
ばなりませんね。
 さて,インフルエンザもピークが過ぎ,ようやく
収まる兆しが見えてきましたが,来週からは2年生
最大のイベント研修旅行です。写真はシンガポール
グループの最終打ち合わせの一コマです。病気や怪我
なく,無事でありますように。