本日仏参のお話は英語科の三條場先生でした。
昭和63年卒業特殊メイクデザイナーで第90回・92回アカデミー賞メイクアップスタイリング賞を受賞された辻一弘さんカズ・ヒロ氏のお話でした。
高校時代美術工作に秀でた才能があり数回驚かされたことなど自分の将来に向けて成功するまでの並ならぬ努力を話されました。生徒の皆さんにもこれからいろんな障害を乗り越え頑張って下さいとのことでした。
本日仏参のお話は英語科の三條場先生でした。
昭和63年卒業特殊メイクデザイナーで第90回・92回アカデミー賞メイクアップスタイリング賞を受賞された辻一弘さんカズ・ヒロ氏のお話でした。
高校時代美術工作に秀でた才能があり数回驚かされたことなど自分の将来に向けて成功するまでの並ならぬ努力を話されました。生徒の皆さんにもこれからいろんな障害を乗り越え頑張って下さいとのことでした。
ぼんやりと一日を送って、何をしたかわからないような生活ではダメですね。いつもいきいきした感受性をもって、生きていきたいと思います。そして、一日に何か一つは深く感じて、人生を豊かなものにしたいと思います。
『徒然草』に「雪の朝」のことが出ています。
「雪のおもしろう降りたりし朝」、兼好は知人に手紙を送りま
した。しかし、その手紙には、雪のことを何も書かなかった。
すると、その返事に、この雪いかが見る(この雪をどのように
ご覧になりますか)と、一言もおっしゃらないほどの、つむじ
まがりで、ものの情趣もわからない人のおっしゃることを、ど
うして聞き入れましょうか。かえすがえす情けないお心です、
とあります。雪を見ても「深く感じる」ことのなかった兼好が、手きびしく非難されたのです。
凛烈たる冬の寒気の中、テレビ画面から水仙の花が映し出されました。清楚で、可憐で、かすかな憂愁を漂わせていました。その美しさに心を奪われました。そして、この世に生まれてきて、水仙の花に出会ったなあ、としみじみ思いました。
いつも心をひらいて、深く感じる、このような気持ちでこの一年歩いていこう、と深く心に決したものです。
本日仏参の講話は国語科の吉本匡伸先生でした。
明治、大正、昭和3代の俳人、小説家で高浜虚子さんの
「去年今年貫く棒の如きもの」という俳句を紹介されました。
時の流れの中で一本の芯棒のようにまがらない己の信念という意味だそうです。
信念を持って自分の将来に向け突き進んで下さいということをお話しされました。
本日仏参のご講話は社会科の渡辺希久子先生でした。いろいろな物の資源を大切にするために社会全体を見直していかなければならない。そのためにも先ず一人一人が自分自身を見直し、今できることは何かを考えていきましょうと言うことをお話しされました。
コロナ禍の収束が見えない中、新年を迎えました。いよいよ最終学年となります。寒気にあわせて、身も心も引き締めてキリッとしてスタートを切ってほしいものです。
よく知っている諺に、「一日の計は朝にあり。一年の計は元旦にあり」というのがあります。英語にもNew year's Day is the Key of the year.「元旦は一年の鍵である」という諺があるそうです。洋の東西を問わず、人類の知恵とでもいうべきものかと思います。当たり前のことを言っていると思われますが、それだけに含蓄のある真理なのでしょう。
さあ、「一日の計、一年の計」を持ってみませんか。言い換えれば、自分の目ざすところ、目標・目的をつかめ、そして前へ進め、ということです。
若い人が、何もすることがない、退屈だ、だるい、などと言うのは、老化現象だそうです。若い人が、何もほしいものがない、したいことがない、目標がない、などと言うのは、豊かさの中の心貧しい症候群だそうです。そんな自分を放っておいて安逸をむさぼっていると、居心地のいいぬるま湯のはずが、実は蟻地獄であって脱出不可能になってしまうそうです。
そうならないためにどうすればいいか。それはみなさん一人ひとりが、自分という人間のドライバーをしっかり務めることです。自分をコントロールするのは自分、自分の主人は自分です。嫌なことでも、自分から逃げたり、ごまかしたりしないで、しっかり自分で自分を見つめ、自分の舵をとることです。自分で自分を見ていれば、必ず自分の目ざすところが見えてきます。ただし、前へ進みながら、行動しながら自分を見ていてほしい。何でもいい、小さなことでもいい。自分にできそうなこと、ちょっとやってみたいなと思うことをまず始めてみることです。小さな一歩でも踏み出すと必ず自信がついて、次の二歩三歩が出ますよ。ちがった自分が見えてくるかもしれませんよ。
(「一年の計」(学年通信「邂逅」15より)
本日、卒業生から「プリキュー」ということについて、教わりました。
プリキューとは「Please」「Thank you」「I'm sorry」という英語で、日本語に言い換えれば、「どうぞ」「ありがとう」「ごめんなさい」という三つの言葉です。また、アメリカがすべてではありませんが、アメリカではどこに行ってもこの三つの言葉に加えて、
「have a nice day」「Excuse me」があふれる中で生活を営んでいるそうです。
世の中では、このちょっとしたあいさつや言葉が言えずに、ささいな行き違いを生み、大きなトラブルに発展することもあります。これらの言葉が、人間関係をなめらかにする意味においても、いつでもどこでも、心から言える人になるように心がけたいものです。 ここで一度、お正月の頃を思い出してください。景気や経済がどうであれ、毎年変わらずに聞こえてくる「よりよい年でありますように」、そして「明けましておめでとうございます」の声、声、声。家庭で、友だち同士で、近所の人々と、もちろん学校の中でも。
ふだんは、お決まりの「近ごろの若い者は、ろくにあいさつもできない」との風評もどこへやら、この時期ばかりは、気持ちが温かくなる、あいさつの声があふれています。願わくは、一年中あのにこやかなあいさつが、自然と体から言葉として飛び出してくる日々でありたいと思います。
言葉を出す、使うことは、筋肉と同じ。毎日使ってはじめて身につくものです。あいさつは人間関係の基本、学校生活、社会生活の基本といってもいいでしょう。
ちょっとしたあいさつ、わたしたち一人ひとりの積み重ねが、大きく育って日本の文化をつくり、国際化につながる……決して大きすぎる話ではないと思います。相手の心に届くあいさつができる人間になってもらいたいと願うばかりです。
本日の仏参は西本願寺から来られた段證武邦さんで縁起についてのお話をされました。
人はいろいろな縁のつながりで支えられています。一つでも欠ければ成り立っていくことは困難です。皆さんも縁の大切さに感謝をされ、お過ごし下さいということでした。
選抜特進・一貫特進コース生による受験生宣言が行われました。代表生徒諸君は、生徒と教員が見守る中、「第1志望校に合格するために日々精進します」と、堂々と宣言してくれました。宣言の中には、将来社会貢献をするために大学に進学したいという強い志望理由、進路実現のためにこれからどのような努力をするのか具体的な方策が含まれており、これまでの進路指導で学んだことや考えたことを自分の言葉にすることができました。
宣言をした今日から受験生です。次は第1志望合格に向けて、これまで以上に勉強に励んでほしいと思います。
本日の仏参は西本願寺から来られた渡辺雅俊さんでした。
人生いろいろな中で物事をどう見るか、人と人との出会いをどのように見えているかを経験を通して切実に語られていました。お釈迦様も一人一人の命を尊く見守っておられるということでした。