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平成29(2017)年度 御命日法要【5月】 2017年05月15日(月)10時59分

【ご案内】

 新しい年度がスタートした。満開の桜が新入生、新社会人を祝福するかのように咲き誇っている。4月の陽光に照らされ、日本列島は波打つように春色へと染まっていく。希望に満ちた季節の始まりだ。
 日本人は桜が好きだ。昔から多くの詩歌に詠まれてきた。まるで春を告げるサイレンのように一斉に開花し、あっという間に散ってしまう。天を覆うような咲きっぷりが見事なだけに、散った後の喪失感は時の移ろいやすさ、世の儚さを説くための格好の題材だった。
 桜は寒い間、暗い土の中でエネルギーを蓄え、春を待ちわびたかのように、一気に咲き乱れる。多くの人が行き交う道を、豪華な枝ぶりの老木がトンネルのように彩る光景が各地で見られる。路地裏にひっそりと一本だけ咲く若木もある。どちらも同じように美しい。一晩嵐が吹けば、散ってしまうことも変わりない。
 桜だけではない。何事にも終わりがある。学校にも職場にも、そして人生にもいつか終焉の時は訪れる。学園生活が充実していればいるほど、職場環境が恵まれていればいるほど、その終わりは切ない。諸行無常、全てが変化して止まないが、確かなことは、私たちにはこの世での命が尽きた後、次に生まれる世界があることだ。そのお浄土へ間違いなく救い取ってくださる阿弥陀如来。広大なお慈悲に対して、自然と御恩報謝のお念仏が出る。
(2017(平成29)年4月1日本願寺新報コラム「赤光白光」より)

 「お釈迦になる」という言葉がある。思っていた物と異なる物が出来上がったり、壊れたりして使い物にならなくなったときに使われる。語源には諸説あるが、ある辞典の説に目がとまった。鋳物職人の用語で「火が強かった」ので失敗したのが訛って「しがつよかった」となり、それがお釈迦さまの誕生日の4月8日に聞こえるので洒落で「お釈迦になる」と言ったという。お釈迦さまも苦笑されているかもしれない。
 その4月8日、山あいの小さな寺でお釈迦さまのご誕生をお祝いする灌仏会(花まつり)が行われた。ここ数年、入退院を繰り返していた老僧が「最後かも」と、少なくなった同世代のご門徒に呼びかけた。曾祖父母から曾孫までの4世代の家族連れ、そして仏教婦人会と日曜学校の子たちも集まり、お念仏と笑い声が、春の山野に大きくこだました。境内の未だ蕾の紅枝垂も、きっと目を覚ましたことだろう。
 楽しい時間はあっという間に過ぎた。皆が帰り、静まり返った境内に、夕べを告げる鐘の音。その余韻に、ことさら無常を感じた。今日を楽しく共にした人たちとも、やがて桜の花びらが欠け散るように、今生の別れがある。お釈迦さまが説かれたように「愛別離苦」、愛しい人との別れがやってくる。
 言いようのない寂しさを覚える半面、再び会うことのできる世界が恵まれているよろこびにも包まれた。その確かさ、うれしさに、ナンマンダブツの念仏があふれ出た。
(2017(平成29)年4月20日本願寺新報コラム「赤光白光」より)


2017(平成29)年 “建学の精神”の伝播と醸成


5月 御命日法要 
○ 日時 5月15日(月)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 中森寿樹 先生
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。

今月の言葉《宗教教育係》 2017年05月01日(月)08時00分

ファイル 252-1.pdf

五月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

平成29(2017)年度 仏参【4月】 校長講話 2017年04月26日(水)09時14分

校長講話

 みなさん、おはようございます。
 さて、みなさんは、2年ほど前の2015年にテレビドラマ化されました『下町ロケット』という番組をご存知だと思います。原作は、池井戸潤さんという小説家で、流行いたしました「やられたらやり返す、倍返しだ」「10倍返しだ」の半沢直樹シリーズの原作者でもあります。
 さて、この『下町ロケット』のモデルといわれていますのは、植松努さんというお方のようです。
 植松努さんは、北海道でリサイクルのマグネットを作る会社の社長で全国各地での講演やモデルロケット教室を通じて、人の可能性を奪う言葉である「どーせ無理」を無くし、夢を諦めないことの大切さを伝える活動をしておられます。
 植松さんは、北海道でロケット開発に挑戦されており、私たちが直ぐに口にしてしまう「どーせ無理」を根絶したい!という強い思いを持っておられます。その強い思いはどこからきたのかと申しますと…
 それは、植松さんのお母さんから教わった「思いは招く」という言葉なのです。これは「思ったらそうなるよ」という意味で、はじめから「どーせ無理」と諦めていては夢なんか実現しません。この「思いは招く」という言葉から、思い続ければ、必ず夢は成し遂げられるということを教わったといいます。
 それともう一つは、植松さんのおばあちゃんが教えてくれた「お金は値打ちが変わってしまうもの」という言葉です。
 樺太で自動車会社を運営していた植松さんのおばあちゃんですが、突然のソビエト軍侵略により、貯金していたお金が紙くず同然になったといいます。そんなおばあちゃんが努少年に言った言葉がこんな言葉です。「お金は値打ちが変わってしまうもんだよ。だから、くだらないお金があったら、貯金なんかしないで、本を買いなさい。頭に入れなさい。それは、誰にもとられないし、新しいことを 生み出すんだよ。」と教えてくれたそうです。
 だから、植松さんは本屋が大好きな子どもになりました。そして、植松さんには大好きなおじいちゃんがいました。そのおじいちゃんとの一番の思い出は、アポロの月着陸です。一緒にテレビを見ていた時、おじいちゃんが見たこともないほど喜んでいる姿を、植松さんは今でも覚えているそうです。「人が月へ行ったぞ」「お前も月行けるぞ」と喜んでる姿です。
 だから、いつも本屋に行ったら飛行機ロケットの本を手に取ったそうです。そしたら、おじいちゃんはでっかい手で頭をなぜてくれ、ほめてくれたといいます。きっと、植松さんはおじいちゃんの笑顔が見たくて、飛行機、ロケットが好きになったんだろうと思います。
 植松さんが中学生になった頃の夢は、飛行機やロケットの仕事をすることになっていたということです。しかし、中学校の先生からは「そんな夢みたいなことを言ってないで、テスト勉強をしなさい」と言われます。さらに先生は、「そもそも宇宙なんちゅうものはよほど頭が良くないと無理だ。すごくお金がかかるんだぞ。だからそれは別世界の話だ。お前なんかにできるわけがない」とも言われたそうで、とても悲しくなったと振り返っておられます。
そして、考えたのが…
 「夢ってなんだろう?」できそうな夢しか見ちゃダメなんだろうか?
 でも、「できるかできないかはいったい誰が決めるんだろう」「やってみなきゃわからないはずなのに、やったこともない人が決めるのは、変じゃないのか」「今できないことを追いかけることが、夢っていうんじゃないのか」と思ったそうです。
 そして、植松さんは、一生懸命自分の大好きなことを追いかけます。その結果、それはまわりの人に理解されなくなりました。友達からも先生からも、そして、親からも「そんなことしてて大丈夫なのか?」と言われ、いつも、「意味なくねえか?」「何それ、自慢?」って言われて、どんどん一人ぼっちになっていったそうです。ついに、自分の好きなことをひとに喋ることができなくなってしまいました。
 でも、そんな植松さんを助けてくれた人たちがいました。その人たちは本の中の人たちです。助けてくれたのは、ライト兄弟だったり、エジソンだったり、彼らもまた誰にも信じてもらえない人たちで応援もしてもらえなかった人たちでした。でも、彼らは一生懸命がんばったんです。そして、その人たちが植松さんを助けてくれました。
 だから、がんばれたんですと植松さんは言います。自分の好きなことをもっと好きになり、もっと伸ばしていったんです。そして、紙切りが得意だった植松さんは、それがどんどん発展していって、どんどん物がつくれるようになって、そして、ついに自分の会社をつくってリサイクルのマグネットをつくることができるようになります。
 植松さんが、お母さんから教わった「思いは招く」という言葉、おばあちゃんから教わった「お金は値打ちが変わってしまうもの。だから、本を買いなさい。頭に入れなさい。それは、誰にもとられないし、新しいことを 生み出すんだよ」という言葉を懐に抱き、多くの苦難を乗り越え、今の植松さんがあります。
 今、植松さんは、この日本から「どーせ無理」という諦めの言葉がなくなることを願いつつ、もし、みなさんが「どーせ無理」という言葉に出会ってしまったときには、「だったらこうしてみたら?」って言って欲しい、と言い続けておられます。
 そして、友達に「これをやってみたいんだよね」と言われたら「だったらこうしてみたら?」「こういう本を知ってるよ!」「こう言う失敗をしたことがあるからこっちの方がいいよ!」と応えてくれたら、ただそれだけでいつか「どーせ無理」がなくなって、この世からいじめも虐待もなくなるんです。と植松さんは講演で話されています。
 友だちに、「これをやってみたいんだよね」と言われたら、「だったらこうしてみたら?」こんな会話が世の中に溢れることこそ、相手を思いやり、トゲのある言葉ではなく優しい言葉が飛び交う社会でありたいと願う、本校の『建学の精神』が教えるところであります。それが私たちの自己中心的な見方を変えていくことになるのです。つまり、相手の悲しみや痛みが自分の悲しみや痛みと感じることができる他人への思いやりの心が育まれ、こうした生き方を心がけることが、いのちを磨くことに繋がっているのです。
 毎週一回行われます龍谷大平安での仏参で「南無阿弥陀仏」とお念仏することは、阿弥陀さまのご本願を鏡として自分を照らしてみる、つまり、仏さまの鏡に照らして、今の自分を見つめてみる大切な時間です。
 こうしてご本尊に向かい、私たちが阿弥陀さまのお慈悲に出遇い気づかせていただくことによって、心を磨いているのです。
 みなさんには、ありのままの自分を見つめ心を磨いて欲しい、それが、いただいているいのち・願われているいのち・支えられているいのちを磨き輝かせることになるのだということをお話ししまして本日の仏参のお話を終わります。

平成29(2017)年度 御命日法要【4月】 2017年04月17日(月)08時10分

【ご案内】
 龍谷大学付属平安高等学校・中学校の「建学の精神」は「浄土真宗の精神」です。浄土真宗の精神とは、生きとし生けるもの全てを、迷いから悟りへと転換させたいという阿弥陀仏の誓願に他なりません。迷いとは、自己中心的な見方によって、真実を知らずに自ら苦しみをつくり出しているあり方です。悟りとは自己中心性を離れ、ありのままのすがたをありのままに見ることのできる真実の安らぎのあり方です。阿弥陀仏の願いに照らされ、自らの自己中心性が顕わにされることにおいて、初めて自分中心の勝手な考え方にとらわれるのではなく、広く柔らかな考え方ができるようになるのです。
 本校は、阿弥陀仏の願いに生かされ、真実の道を歩まれた親鸞聖人の生き方に学び、「真実を求め、真実に生き、真実を顕かにする」ことのできる人間を育てます。このことを実現するための日常の心得として以下の3つの「大切」を掲げています。これらはみな、建学の精神あってこその心であり、生き方です。
   ことばを大切に
     正確な言葉・やさしい言葉・ていねいな言葉
   じかんを大切に
     今という時間・青春という時間・人生という時間
   いのちを大切に
     いただいているいのち・願われているいのち・支えられているいのち

◎龍谷大学付属平安高等学校・中学校~「徳育(宗育)」の具現化
日常の心得として、「ことば・じかん・いのちを大切にする生き方を学びましょう」と呼びかけています。ことばは「お名号」のこと、じかんは「無常」のことで、この世のありとあらゆるものは時々刻々と移り変わることを意味しています。いのちは「お浄土」のことです。これを中学生にも高校生にもわかりやすい形でことば・じかん・いのちの三つを大切にということで示しています。いのち・じかん・ことばの順で説明いたします。
 まず、いのちについて説明します。私のいのちを考えてみますと、前生(生まれる前)・今生・後生(死んでから)と分けられます。その中で、私たちは、今生(こんじょう)だけをいのちと考えがちです。しかし、私は今生の限りある有限の生物的な生命を過ごしているにすぎないのです。父や母や祖父母などこの先祖のだれが欠けても生まれてこなかったいのちなのです。そう考えるとき、どうして私の誕生があったのかという前生(ぜんしょう)と、死んだあとはどこへ行くのかという後生(ごしょう)と、つまり、私たちのいのちは今生だけの限りある、そこで終わるいのちではなく、阿弥陀さまのおそばで無限の宗教的生命を得るのです。真実(まこと)の世界に生まれかわる、つまり、お浄土に往(い)って生まれる浄土往生なのです。
 次に、じかんについて説明します。先ほど言いました私たちは阿弥陀さまのおそばで無限の宗教的生命を得るということに気づくのは、今をおいてほかにはありません。時間とは無常です。諸行無常の理(ことわり)の通りです。「そのうちに」とか「いずれ」とか、明日があると思うから、今日、もっと言うなら、今、すべきことを先のばししてしまっていないでしょうか?仏教は「今」をどう生きるか、人として一瞬を悔いなく生きる、そのプロセスを大事にする教えです。(仏の教えではなく仏に成る教えです)
 最後に、ことばについて説明します。では、後生(ごしょう)は往生浄土と、どなたが決めてくださったのでしょうか? それは阿弥陀如来になられる法蔵菩薩さまの18番目の本願に「衆生(しゅじょう)を仏にせずにはおれない」で約束されています。私たちは弥陀の号(みな)である南無阿弥陀仏を呼ぶのです。声に出すのです。実は仏さまの「おはたらき」により私の口を通して号を称えさせてくださっているのです。この声を私は耳で聞きます。これが「聞法(もんぼう)」なのです。
以上をまとめますと、いのちを大切にする生き方は、すなわち、じかんを大切に生きる姿そのものであります。そして往生は臨終によって定まるのではなく、信ずる心「信心」が定まる時に定まるわけですから、私の口を通して発することばこそ、本当に大事にしなければならないのです。


2017(平成29)年 “建学の精神”の伝播と醸成


4月 御命日法要 
○ 日時 4月17日(月)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 学校長
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。

今月の言葉《宗教教育係》 2017年04月01日(土)10時00分

ファイル 246-1.pdf

四月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

今月の言葉《宗教教育係》 2017年03月01日(水)08時12分

ファイル 236-1.pdf

三月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

平成28(2016)年度 御命日法要【2月】 2017年02月16日(木)08時10分

【ご案内】

青色(しょうしき)青光(しょうこう) 黄色(おうしき)黄光(おうこう) 
赤色(しゃくしき)赤光(しゃっこう) 白色(びゃくしき)白光(びゃっこう)   『仏説阿弥陀経』

■それぞれが光り輝く世界

お経は「真実」説く
 『仏説阿弥陀経』というお経に、極楽浄土について説かれています。それによると、極楽浄土には、綺麗な池があって、池の底には、金の砂が敷き詰められている。そして、池には、大きな蓮の花が咲いていて、青色の蓮の花は青い光を放ち、黄色の蓮の花は黄色い光を放ち、赤色の蓮の花は赤い光を放ち、白色の蓮の花は白い光を放ち、よい香りを漂わせている。それが極楽浄土だというのです。
 このような話をすると、すぐに「極楽浄土なんて本当にあるんですか」と言う人がいますが、極楽浄土は「あるか、ないか」と問うのではなく、「どのような世界か」ということを聞くことが大切なのです。
 また、お経には「事実」が説かれているのではく、「真実」が説かれているということも忘れてはならないでしょう。『阿弥陀経』の教説も、青色の蓮の花が青い光を放っているという事実が説いているのではなく、私が私色に、あなたがあなた色に、それぞれがそれぞれに光り輝く世界、それが真実の世界であり、極楽浄土というさとりの世界だということを説いているのです。

生老病死にも光
 ある方が、
「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」の「青黄赤白」の所を「生老病死」の漢字と入れ替えて、「生色生光 老色老光 病色病光 死色死光」と味わわれました。生が生のまま光り輝き、老が老のまま光り輝き、病が病のまま光り輝き、死が死のまま光り輝く。
それがさとりの世界であり、真実の世界なのです。
 このようなさとりの世界について聞けば聞くほど、私のあり方がそうなっていないことに気づかされます。いい・悪い、好き・嫌いと周りのいのちを分け隔てして傷つけたり、老い・病み・死んでいくことはダメになることだと悩み苦しんだり。
 み教えを聞くということは、さとりの世界とはどのような世界かということを聞かせてもらうことであり、その世界が今の私の人生を支え、真実に導いてくださるのです。すべてのものが光り輝き、人生のすべてが光り輝く、そんな世界に出遇わせていただきましょう。

(『本願寺新報』2016(平成28)年11月1日「いのちの栞」龍谷大学非常勤講師 小池秀章)

おかげさまで ~140周年~ ありがとう“感謝”

2月 御命日法要 
○ 日時 2月16日(木)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 佐長道亮 先生
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。

今月の言葉《宗教教育係》 2017年02月01日(水)08時00分

ファイル 235-1.pdf

二月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

今月の言葉《宗教教育係》 2017年01月01日(日)09時00分

ファイル 231-1.pdf

一月
今月の言葉 ・・・ 各クラス教室掲示
今月の聖語 ・・・ 学校正門聖語板

平成28(2016)年度 御命日法要【12月】 2016年12月16日(金)08時15分

【ご案内】

PHP研究所創設70周年記念 ◆特別対談◆
とらわれず、執着しないことが大切です
      遠藤保仁(プロサッカー選手・ガンバ大阪)×大谷光淳(西本願寺 門主)

 親鸞聖人の血脈を継ぐ西本願寺の新しい門主と、サッカー日本代表でも活躍するガンバ大阪キャプテンのお二人に、PHP創設70周年を記念し、普段から大切にしていることを話していただきました。


遠藤 初めてお目にかかります。お会いするのをとても楽しみにしていました。
大谷 こちらこそ、ありがとうございます。テレビでは、サッカーの試合をよく見ています。たとえば野球とは、スタジアムの雰囲気がかなり違いますね。
 遠藤さんは、サッカーの魅力は何だと思いますか。
遠藤 ボールに集中して、ゴールを決める、ゴールを守るというのは、とにかく楽しいです。それから、チームメイトと助け合いながら、喜びや悔しさを分かち合って、一つずつステップアップできるのは大きな喜びです。

余計なことを考えずに全力を出す
大谷 遠藤さんはべテランですね。若い人たちにはどんな指導をしますか。
遠藤 たとえば、周りの選手がミスした場合、僕はまず褒めるんですよ。「こういうプレーのほうがよかったんじゃないか」といったことは試合後に言いますが、選手にはそれぞれ自分のサッカー観があります。だから、その選手が自信を持って自分のプレーをしたのであれば、ミスをしても褒めますね。そもそもミスをしない人はいませんから。
大谷 人はどうしても、物事を自分中心に考えてしまいがちです。だから、自分が思っていることと違うことをされると、「どうして?」と思ってしまいます。そうしたことを考えても、遠藤さんがおっしゃった視点を持つことは、とても大事だと思います。
遠藤 「自分の短所を隠さない」ことも、大事にしています。足が遅いことやへデイングが苦手なことなどの短所があるのですが、それを隠さずにオープンにした上で、伸ばすように努めています。僕の短所をほかの選手が得意にしている場合もあるので、「お願い、ここは頼むよ」と言うこともあります。その代わり、自分のいい部分でほかの選手からしたら短所になる部分を、その選手のために僕が補うこともあります。
大谷 すばらしいですね。私は自分の短所を隠したくなる(笑)。ただ、少なくとも自分の短所に気づかないと隠しようもない。その意味では、自分の身に引き寄せて考えたり、人の話を聞いたりして、常に自分のことも意識することが大切でしょうね。
 プロスポーツ選手には、高い技術と強い精神力が求められると思いますが、遠藤さんはどちらがより重要だと思いますか。
遠藤 精神面、メンタルだと思います。「体を動かすのは心」だと、僕は思っているので。もちろん技術も大切ですが、「最後にものを言うのは根性」といった場面もあります。つらくても、ここで走らなきゃいけない、といった場面で走れるかどうかは、気持ちの強さにかかってくると思います。
大谷 きつい状況で、がんばれる源は何でしょうか。
遠藤 「勝ちたい」という思い、執念ですね。絶対に優勝したい、とか。日本代表の選手には、そうした執念を持った、メンタルの強い選手が多いように感じます。
 ただ一方では、心を〝さら〟にして臨むことも大切だと思っています。特に試合では、余計なことを考えずに、その場に集中して、全力を出し切ることが大事です。
大谷 「とらわれない」「執着(しゅうじゃく)しない」ことが仏教では大事な教えの一つです。自分の考えにとらわれると、悩みや苦しみの原因にもなります。自己中心的な考えに陥っていないか、ときおり省みることが必要でしょうね。
遠藤 相手チームについても、味方の選手についても、情報は可能な限り入れるけれど、それらを踏まえた上で、さらというか、白紙の状態で試合に臨むことが望ましいような気がします。

「受け容れてもらえる」安心感を
大谷 自分の置かれている状況やまわりの状況を把握したうえで、そのときどきにいい選択ができることが大切ですね。
 私も人と懇談させていただく際、自分が話したいことを前もって用意しますが、すべて出そうとせずに、できるかぎりその場の状況に合わせるように心がけています。
 ところで、遠藤さんにとって、理想のチーム、あるいは理想の監督といったものはありますか。
遠藤 監督が何も言わないチームがいいですね(笑)。選手が自ら気づき、自ら動いて、結果を出す。監督は指示を出したら、あとはべンチに座って見ているだけ。そういうチーム、そういう監督が一番よいと思います。でも、どこのチームの監督もだいたい怒鳴っていますけどね(笑)。
大谷 新聞に書いてありましたが、最近、急に成績のよくなった大学野球のチームがあるようです。そこでは監督が代わって、学生がコーチとしてサインなども出すようになったそうです。選手が自主的に考え、行動するようになったことが、好成績につながっているのだと思います。
遠藤 実際にブレーしているのは、選手なので、本来であれば、選手が気づいて「こうしたほうがいい」と監督に言って、許可を得るのが一番いいのです。監督からアクションして、選手がリアクションするというのはあまりよくないと思います。
大谷 監督と選手の信頼関係について、お話しいただけますか。
遠藤 重要なことですね。選手は「監督から必要とされている」と思えば、自分自身に責任感が出てきます。すると「このチームを、この監督を勝たせる!」「勝てるチームにしていきたい!」という主体的な気持ちが自然に出てきます。そのなかで相談したり、意見を交わしたりすると信頼関係を築くことができます。
大谷 なるほど。人と人との関係はなかなか簡単に築けるものでないですし、宗教の場合も、一般生活の場合も、信頼、つまり「受け容れてもらえる」という安心感が大切ではないかと思います。


以上、『PHP11月』PHP研究所創設70周年記念号に特別対談として掲載されました。この内容は、下記の著書に収録されています。

『ありのままに、ひたむきに ~不安な今を生きる~ 』西本願寺門主 大谷光淳著
  親鸞聖人の血脈を継ぐ第25代門主が語る難しい時代を生きるヒント!
                                               PHP研究所648円(税込)

対談●遠藤保仁さん(ガンバ大阪)とともに
ぶれることなく
思いを伝える
ともに、よい方向をめざして


おかげさまで ~140周年~ ありがとう“感謝”

12月 御命日法要 
○ 日時 12月16日(金)16時~
○ 場所 礼拝堂
○ 法話 小川智成 先生
                         ◎ みなさん、お揃いでお参りください。