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全国鉄道研究部交流会報告 No.4 2017年09月04日(月)12時42分

8月2日のことを報告させて頂きます。

 野蒜(のびる)駅に集合した後、東松島市震災復興伝承館へ移動しました。伝承館は旧野蒜駅です。この東松島市だけで、1000人以上の人がお亡くなりになり、未だ行方が分からない人も25人おられます。新しい野蒜駅では、全く想像がつかない状態でした。しかし移動しているところで、震災の爪痕が残っていました。

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 上の写真は、野蒜駅から旧野蒜駅の方向に向かい撮影したものです。見ていただいて分かるように、ほぼ何もありません。移動中多くの人に驚いたのか犬が吠えていました。家があっただろうと思われる痕跡が沢山あり、「暑い、暑い」と言いながら歩いていた人も少しずつ話しをしなくなっていきました。

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 次に旧駅に近くなったところで、写真のような看板を見つけました。話しのよると、地主さんが「何かあった時に」と山の中に簡単な避難所をつくられていたということです。地震が起こり、津波発生と同時に近所の人が逃げ込み、数十名助かったということを聞きました。
 何もなかった時、その地主さんがどのような目で見られていたのかは分かりません。しかし数十名の人が助かったことから考えれば、常に私たち自身が大きなことについて忘れているように感じました。阪神淡路大震災の時は、やはり災害が身近であっただけに、我々も意識していたはずですが…。

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 そうこうしているうちに、伝承館へ着きました。建物のところに青色の看板があります。ここまで津波の水がきたのです。もちろん海からはそこそこ距離がありますし、また駅の前には川もあります。そこを通り越してやってきた波は私たちには想像出来ませんでした。

 その後の伝承館でのお話になったのですが、そのことは次回報告させてもらいます。

※ 9月3日(日)に雲雀丘中学・高校の文化祭へ行ってきました。その報告は中学部ブログに書かせてもらいます。

全国鉄道研究部交流会報告 No.3 2017年09月02日(土)11時09分

8月1日午後のことを報告します。

 松島基地を後にし、仙石東北ラインを利用して会場の東北福祉大学へ向かいました。昨年は参加出来なかったのですが、久しぶりに関東の学校みなさん。また雲雀丘中学・高等学校のみなさんとお出逢いしました。

 着いていきなりの「司会進行」の依頼。2年生、よく踏ん張って司会進行をしてくれました。

 まず神奈川県連渡邊和敏先生の挨拶の後、東北福祉大学星山幸男先生から「仙山線の交流電化」について講演を聞きました。かなり疲れていたのですが、「交流電化の実験線として仙山線が利用された意味」「十河国鉄総裁の訪問」などのことを聞きました。このお話から「新幹線」との関連が考察出来たことは大きかったです。

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 その後各学校での活動報告や取り組みを発表し、ジオラマだけでなく研究誌にも力を入れていることが分かりました。その後、40分ほど各学校の人と挨拶をしました。ただ一番落ち着いたのは雲雀丘の生徒さんと話しをした時です。

 雲雀ヶ丘中学・高校、灘中学・高校、洛星中学・高校、京都共栄中学・高校、京都工芸学院高校など、文化祭で寄せて頂いたり、来て頂いたりしていますから、雲雀丘中学・高校のみなさんの顔を見てホッとした思いでした。9月2日・3日に文化祭だと聞いたので、是非寄せて頂き、模型や研究などのことを色々教えて頂こうと思います。

 交流会の後、集合写真を撮り、仙山線、仙石線を利用し松島海岸へ帰りました。いよいよ今回のメインテーマである「野蒜駅と震災」について2日目の交流会で学ぶことになります。

 次回は2日のことを報告させてもらいます。

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全国鉄道研究部交流会報告 No.2 2017年08月26日(土)09時44分

8月1日午前のことを報告します。

 松島海岸を出発し、仙石線で矢本駅へ。その途上での写真です。

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 ある駅に停車した時に写しました。異様に高い防潮堤です。おそらく震災がなければ、綺麗な海岸が見えていたのだと思います。松島海岸から矢本までは仙石線でもかなり大きな被害を受けたところです。この防潮堤を見ていて、まだ東日本大震災の実感がわかない状況でした。

 本校卒業生が航空自衛隊松島基地に勤務していた関係で、基地見学をお願いしました。当日ブルーインパルスがある関係で、お忙しい中見学をさせて頂いた次第です。もちろんメインテーマは震災学習です。

 メディアでは報道されていなかったことを多く聞きました。その中で印象深かったお話を述べさせてもらいます。

1 トラックで破損されていなかったものは3台。すぐに石巻へ物資輸送のため移動したこと

2 三陸海岸の救助を任されていたのに、救助隊が出せず悔しい思いをされたこと

3 重機もないのに、全隊員さんで滑走路を3日間で元に戻し、輸送機などを受け入れたこと

4 近所の片付けを手伝うにも「法的な問題」もあり、なかなかお手伝いもできなかった。当時の司令官が判断し、隊員が動かれたこと。「武器が流れ込んでいるかもしれませんから…」と言って各家庭をお邪魔され、「泥だらけですね。これでは分からないから、泥掻きをしますね」と言いながら、復興のお手伝いをされたこと

5 自分たちも被災をしているにもかかわらず避難所へ行き、物資輸送、医療、捜索、埋葬他、多くの仕事をこなされたこと

 隊員さんの思いがつまったお話を30分程度聞き、また当時の写真を見せて頂きながら、如何に私たちが「東日本大震災のことを知らないのか」を思い知った次第です。無関心であったのかもしれません。
 松島基地にはブルーインパルスの飛行機の尾翼があります。当時流され、使用不可能になった飛行機の尾翼です。「震災のことを忘れないように」「自衛官の使命を心に刻むために」ということでした。

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 最後に当日石巻でブルーインパルスが飛ぶということだったので、その飛行機を見せて頂きました。残念ながら私たちは飛行機が飛ぶところを見ることは出来ませんでした。石巻の人を勇気づけるための1つのイベントだということ。多くの人たちが癒やされたのでは…と思います。

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 忙しい中、松島基地の隊員のみなさま有難うございました。また仕事もあるのに、色々お世話になったOGのTさん。本当に有難うございました。

 次回は午後からの交流会第1日目のことをお知らせします。

全国鉄道研究部交流会報告 No.1 2017年08月24日(木)10時31分

 7月31日~8月3日まで全国鉄道研究部交流会に参加してきました。今年は仙台で行われました。
 毎年参加をしているのですが、昨年度は宿がとれず参加出来ませんでした。2年ぶりに出逢った仲間達とのことを5回に分けて報告します。

 31日は特進のドラゴンゼミがあったので、午後からの出発になりました。本来であれば鉄道で仙台入りをしたかったのですが、時間の都合上、その思いはかないませんでした。飛行機で一路仙台へ入った次第です。

 仙台周辺で夕飯を食べ、仙石線、東北仙台ラインを使い宿舎である松島海岸へ入りました。温泉宿で、つい数時間前までの勉強の疲れを癒やしいつもよりゆっくり出来た1日でした。

 ただ仙石線で「ドッキリ」。車内で写真のような掲示を見ました。「ああ、やはり7年は経過しても津波のことは忘れられていないんだ」と強く考えました。

 翌日からの交流会。どのようなことになるのか…。第2報をお待ち下さい。

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(仙石線内の掲示物)

全国交流会へ向けて 2017年07月02日(日)13時20分

更新が遅れました

 今年度1年生が7人入部しました。かなり「濃い」メンバーです。
 さて、8月1日2日と宮城県で行われる全国鉄道研究部交流会へ参加してきます。航空自衛隊松島基地や野蒜駅など震災関連の地域を回ってきます。また東北福祉大学で行われる交流会では、何が起こることやら…。現在春の撮影会のまとめなどを冊子化しているところです。

 交流会終了後八戸まで向かい、近辺で撮影をしてきます。また事後報告をさせて頂きます。

140周年記念行事の報告と貸切運転 2016年12月03日(土)09時51分

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 11月12日(土)に行われました140周年行事参加について報告をさせて頂きます。半月以上報告を遅らせたのには、大きな意味があるのです。そのことをご理解頂ければ…と考えております。

 12月4日(日)。鉄道研究部が140周年を記念して団体列車を走らせます。車両は820形(赤電塗装)で、近江鉄道の米原(彦根)~八日市です。午前中、団体列車で他校の生徒さんやOBと交流します。午後からは彦根車庫で机上講習を受けた後、220形を体験運転します。

 また「す・またん」などに出演をしている斉藤雪乃さんも駆けつけてくださり、とても楽しい一日になりそうです。斉藤雪乃さんが駆けつけて下さることで、混乱を招くといけないと思い、今日の報告とさせて頂いた次第です。

 さて140周年記念行事では、模型展示(京津線)と140周年記念号のヘッドマークなどを飾らせて頂きました。
 OBのみなさんがすぐに寄ってきてくださり、「うちの孫が大好きなんや」「いつ頃からクラブあるの?」など、色々お声かけ下さりました。みんなかなり緊張気味で受け答えしていました。

 その時、「写真を撮ってあげる」と本校OBで、元体育科でお世話になっていた川崎先生が寄ってくださり、記念写真を頂きました。みんなが緊張しておりますこと、理解してもらえるでしょうか?
 
 明日の報告は中学部のブログにアップさせて頂きます。

学園祭2日目 2016年09月09日(金)08時09分

 学園祭2日目の報告です。
 初日もOBが多々かけつけてくれました。40代の人まで来てくださり、有難い限りでした。

 その人が活動されていた時分、ジオラマはまだ小さかったとか。20年以上前の活動について、OB・OGの人からも尋ねることが出来る鉄道研究部の素晴らしさに現役は気づいてくれたのでは‥。

 さて今日は雲雀丘学園中学・高校のみなさんが訪れてくれました。ここ2年、同じ時期に文化祭が行われるので、互いに見学出来なかったのです。今回は1日ズレた関係で、来校下さった次第です。

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雲雀丘学園中学・高校のみなさん

 遠いところから有難うございました。

 翌日は運動会でした。クラブ対抗リレーでは、バトン代わりに‥。受けねらいでしたが‥。「席に戻ってから笑われた」という言葉に、クラブの活動を広めないと‥という思いになった部員たちでした。

学園祭初日 2016年09月05日(月)10時06分

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 諸般の事情でブログ更新が出来なかったことをお許し下さい。

 夏の撮影旅行の報告はまた別日にさせて頂きます。今回は9月4日5日に行われた学園祭(文化祭)の報告をさせて頂きます。

 例年は夏の撮影旅行の発表を大きく行うのですが、12月に行う「平安開校140周年」に行う鉄道研究部のイベントに全力を注いでいるため、ジオラマと部室内や個人の持っている備品の展示になりました。

 全国鉄道研究部交流会で知り合った各学校の取り組みについて、各々の学校で行われる文化祭などを通じて勉強をさせてもらっています。その内容を今回の発表では充分に活かすことが出来なかったと思います。ただ12月のイベントへ向けての起爆剤として、今回の取り組みを知ってもらうために、交流会で知り合った学校へ招待状を送りました。

 4日には、京都市立工学院高校の部員さんと顧問の先生が訪れて下さいました。今年4月から開設された学校で、人数が少ないようなことを言っておられましたが、熱心に展示物や撮影旅行のことを見て下さいました。

ファイル 397-1.jpg  京都市立工学院高校の部員さんとお話をして‥

 またいつも企画力で勉強をさせて頂いている灘中学・高校の部員さんも訪れて下さいました。午前中雲雀丘中学・高校さんへ行き、その足で来校下さった次第です。ジオラマについて熱心に見て下さいました。なにぶんジオラマを含め灘中学・高校さんの取り組みは規模が違いますので恥ずかしかったです。

 展示終了後、OBを含め反省会をし、5日の取り組みについて案を練りました。5日も行いますので、是非来校下さい!

ファイル 397-2.jpg 灘中学・高校の部員さんと一緒に‥

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全国高等学校鉄道研究部交流会(その4) 2015年09月09日(水)16時49分

9月も半ばになろうとしています。学園祭には多くのみなさんが来場下さり有難うございました。全国高等学校鉄道研究部交流会の報告などをさせて頂きました。詳しくは中学鉄道研究部のブログをご覧下さい。
 さて「全国高等学校鉄道研究部交流会」2日の午後のことを報告し、これで最後の報告とさせて頂きます。
 実は本校は大阪にある相愛中学・高校と姉妹校になります。その相愛中学・高校の出身者に斉藤雪乃さんがおいでになります。実は今回の交流会については、相愛中学・高校から斉藤さんの耳に入っておりました。お仕事の合間を縫って、今回の交流会に参加頂きました。
 ご存じのように斉藤さんは、関西圏では朝のテレビ番組やラジオのパーソナリティーとして活躍されている「鉄道の好きな」タレントさんです。
 近江鉄道彦根駅で出発式をお願いしておりました。生徒たちの驚いた様子は忘れられません。共に乗車頂き、貴生川までの往路、米原までの復路で参加校の生徒や先生と各学校の活動内容を話し合って頂いたり、クイズ合戦をしたり…。顧問の先生方へのインタビューでは、先生方が斉藤さんと楽しげに話をしておりました。
 前日からの顔合わせもあったので、車内では各学校の生徒同士で、会話がはずんでいました。研究誌の交換や、各学校の様子を楽しく交換しておりました。そしてあっという間に米原へ…。短い5時間でした。
 次年度は広島で交流会が行われます。この交流会については、『鉄道ファン』にも原稿を送りますので、『鉄道ファン』もお読み下さい。

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貸切に使用した700形

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体験運転で彦根駅構内を動く220形

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斉藤雪乃さんにお願いをした「出発式」

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斉藤さんを交えての集合写真 (日野駅にて)

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車内での活動報告会

全国高等学校鉄道研究部交流会(その2) 2015年08月24日(月)12時51分

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OBとのお話の様子

残暑お見舞い申し上げます

 暑い日が続いていますが、夕方、夜間、朝方は少し凌ぎやすくなった京都です。

 さて、前回の続きで「全国高等学校鉄道研究部交流会」1日の午後からのことを報告いたします。

 29日13時30分に再度第一会議室へ集合してもらいました。午後からの交流会が始まる間、雲雀丘学園中学・高校鉄道江研究部が作成した活動の記録のDVDを鑑賞しました名古屋方面への遠征記録でしたが、部員のみなさんが懸命に活動されていることに感心しました。

 小田原城北工業高校遠藤吉久先生からのご挨拶、また本校校長燧土勝徳から歓迎の言葉を頂き、交流会をスタートさせました。

 今回は今までの交流会と少しやり方を変えました。「各学校の報告」をいきなりするのではなく、もう少し気楽に生徒間で話をしてもらおうと考え、出来る限り学校が重ならないよう6つの小グループに分けて話し合いをしてもらいました。しかしいきなりテーマを与えて話しをしてもらうわけにはいきません。そこで本校OB、雲雀丘学園中学・高校のOBで鉄道関連会社に勤務する人から、「OBから高校生のきみたちへ」という題でお話をしてもらいました。

 キャリア教育として位置づけました。「鉄道研究部員」の憧れる職業、「鉄道関連会社」に勤務する先輩から、今の仕事のこと、学生時代に力をつけて欲しいこと、マナーの問題など幅広く話をしてもらい、そのことをグループ内で話してもらいました。そのグループには、話をしてくれたOBにも入ってもらいました。

 夜行での疲れ、早朝から京都入りした学校もあったのですが、誰一人として寝ている生徒はおらず、意見を出し合い活発な議論をしていました。グループでの話し合いは1時間20分だったのですが、時間が足りないグループがあったほどです。

 その後新たな講演会を実施し、近江鉄道宮崎様より「近江鉄道の歴史、車両、運転手としての気づき」など、翌日の近江鉄道貸切乗車に向けてお話をしてもらいました。その後、簡単なのですが、明日の乗車時に同行する各学校の簡単な自己紹介をして終わりました。 
 
 次回は30日の近江鉄道見学会、貸切乗車についてご報告します。

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ヘッドマークの贈呈式